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『二つの月の記憶』

岸田今日子作『二つの月の記憶』
を読みました。
「これが今日子さんワールドなんだ、って思うわよ」と、本を貸してくれた母が言いました。
私はこの本のおかげで、「ワールド」の作り方について、少し気付けたように思います。


岸田さんは大女優です。
演劇は私も大好きだったのですが、一番演劇に夢中だった時代には、自由になるお金がなかったり家が田舎だったりとかの理由で、一流の舞台を見るなんて夢のまた夢でした。
ですから岸田さんの演技は映画やテレビでしか最早見ることは出来ないのですが、私はこの短編集を読んで、岸田さんの役者魂を見たような気がしました。

演劇界でずっと一流を走ってきた人は、こういうふうにすごいんだ。
まるで「無駄なものはいらない」と言わんばかりに言葉をばっさり切り捨てているかと思えば、「でもここはもう少し見せる間をとりましょうね」と悪戯っぽく文に優雅な動きを加える。
「サロメ」を演じたこともある岸田さん。ペン(キーボードじゃない、断じて)を指先に挟んだまま、妖艶に踊る小悪魔的な岸田さんの姿を想像してしまう。

演劇では、舞台装置も照明も衣装も音楽も、すべてが作品のためにある。
それと同じことが、小説でも言えるのではないかと思うのです。
舞台で演じられないことには「脚本」は「脚本」のままだし、表現のために厳選された舞台装置や照明の役割を果たす要素が無ければ、「小説」だってただの「脚本」もしくは「案」に過ぎないのではないかと。
けれど、作品世界に合わないものや過剰すぎる装飾なら、むしろ無いほうがいい。
そういう差し引きを、岸田さんはきっと長い役者人生の中で体で覚えられたのではないでしょうか。
父上は劇作家の岸田國士氏、母上も童話作家、血筋、いいえ、幼少期からの生活そのものが、魅力ある言葉で彩られていたのだ、とも思います。

とにかく、一行目からワールドです。
一本の幹から伸びて四方八方に分岐していても、枝も葉も元は同じ一本の木。
言葉のすべてが、もとのひとつの物語のために収束していく綺麗さは、やはり、さまざまな要素を取り入れてひとつの舞台を作り上げる演劇という芸術に似ている。

どの作品もどこか不思議で、でもどこか共感できるちょっとした闇を含んでいます。
一番最後の「引き裂かれて」を読み終えたとき、矢も盾もたまらず母に電話をかけました。
最後にスクリーンに登場する少女は、すべての女性の中にいる。もちろん私も、少女だった。
熱を帯びていた頃の私を、作中の「私」さながらに見つめる私もまた、そこにいました。
ワールドが、ひとりの、そしてすべての「私」に還って、本は終わっていました。
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コメント

岸田今日子って、保毛男ちゃんしか思い浮かばない・・・・。
あの人って独特だよね??☆⌒v⌒v⌒v⌒ミ(((・_。)

ダークさんへ。

保毛男ちゃんって知らないなあww誰ダー?

うん独特な雰囲気を持った人です。
ムーミンの声の出演だったんだけど、思い出せるかなあ。

えっつ!!☆⌒v⌒v⌒v⌒ミ(((・_。)もしや・・・とんねるずのみなさんのおかげです知らない?そのキャラクターの保毛田保毛男ってホモ役のタカちゃんvvv

知らなかった……

みなさんのおかげですを見てなかったァ!
実家にはTVが一台しかなかったからねー。オヤの見ない番組は見られなかったのですよ。

そうなんだ・・・。保毛男ちゃんの姉さん役で出ていたんですよヾ(*ΦωΦ)ノ 
もし機会があれば観て下さいvvvタカちゃんがやっています。あっつ!!旦那さん知ってるんじゃないかな??

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