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栗本薫さんのご冥福をお祈りいたします。

栗本薫さんが他界されました。
世界的に有名な長編ファンタジー「グイン・サーガ」を、私は番外編しか読んでいません(それもイシュトヴァーンが出てくる巻だけ……)ので、ファンを名乗るのは気が引けるのですが、ファンとして哀悼の意を表します。

文章の変幻自在。栗本さんの作品は、千変万化。
私自身の、とても良い時期に栗本さんの作品と出会えたからでもあるのでしょうが、日本語の美しい表現を、たくさん私に教えてくださった方だと思っています。それだけでなく、「文芸」というのは、踊りや歌、或いは絵画と同じ「芸の道」だということを、作品を通して教えてくださったのがこの方なのです。以来、何か文章をもって表現する際には必ず「芸の道、芸の道」と呟くようになりました。人の目を喜ばせ、楽しませる芸としての文章。その道に自らを追い込んで精力的に創作を続けられた栗本薫さんのゴール。書くことをだけは、おそらくやめたいと思っていらっしゃらなかったのでは。若輩が生意気をと叱られるやも知れませんが、だって、グインサーガが終わっていないから。

栗本薫さんほどの才も、あんなにものすごい量の作品群を生み出す泉も持ち合わせない私ですが、「芸の道」という言葉を忘れずにいたいと思います。

栗本薫さんのご冥福を心からお祈り申しあげます。
ご自身の物語のような美しい天国で、安らかにお休みくださることを願ってやみません。

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もうすぐ誕生日ですので、まだやってない牧場物語のソフトが欲しいな~なんて思っています。
DSって素晴らしいですね。
寝付けない夜などには、コドモのDSを無断で借用して、寝床の中で牧場物語をやりながら眠りについたりするのですが、これがもう病みつき。ヒツジが一匹なんて目じゃありません。
私の牧場には今、ウシが8匹、ヒツジが4匹、ニワトリが10羽、アヒルが2羽いるのですが、この子達をタッチペンで“なでなで”します。たくさん“なでなで”すると愛情度がアップするので、この作業にはかなり熱が入ります。コドモたちと寝ている二段ベッドなんかぐらぐら揺れます。
DSの何が素晴らしいかって、部屋が暗くてもゲームが出来るってことですね。今までのゲームボーイは、寝床でこっそり遊ぶことが出来なかったのですが、これなら眠れない夜のお供にもってこいです。
たまに熱が入りすぎて、寝ることも忘れて牧場物語しまくっている夜もあったりなかったりなのですが、翌日の仕事に影響するといけないので、ほどほどに。

もうすぐ誕生日なのですが、車をぶつけてしまいました。
細い路地から出たら、右から走ってきた車と……衝突寸前にブレーキを踏んだけど間に合わなくて接触。車はへこんでいませんが、心は激しくへこみました。なぜ私が!? なぜ事故を!? ありえないっ!!! って感じで、まだ軽く現実に帰ってきておりません。幸いお互いに怪我もないし、相手の方にはお詫びもしたし、警察呼んだし保険会社に連絡もしたし、現時点で出来ることは全部終わっているので、今夜も牧場物語で心を落ち着けながら安らかに眠ろうと思います。ぐっすん。

誰も笑わなかったところで私だけ笑った……

カイ太の授業参観に行ったら、道徳の時間でした。
ビデオを見て、内容について感想を語り合うみたいなものでした。
子どもたちも真面目に感想を語り合っていたので、私も感想をひとつ。
えーと、最近の道徳のビデオは斬新だなー、って。
なんたって片桐はいりさんが不思議なコスで出てきます。
真面目なのかと思いきや落とすところを妙にわきまえてるとか、道徳にそんな「笑い」はいらーん! って思ってしまうのは私が「さわやか三組」で育った世代だからだと思うのですが、登場人物たちを見ていて「すげえ!」「えらい!」「いい人だ!」って思うところが全然なかった。
どちらかというと、「あー何となくそういうことすると気持ちがいいよねーわかるわかる」みたいなユルさを感じました。
カイ太にはこんな人になって欲しいナンバーワンが「次郎物語」の次郎だったりする私は、そんなユルい道徳観念を植えつけるのは勘弁して欲しい気もしますが、ビデオの最後の最後で
「ナレーションは松本保典でした」
って聞こえたので、教室の中で私一人だけが「プッ」と笑ってしまいました。

本当なの!?
いくら検索しても真偽の程がわからないのですが、聞き間違いじゃなかったと思う。
いずれにしても、この番組変すぎる。

こんなのだったよ

ふくふく

実家が隣にやってきて一ヶ月が過ぎようとしています。
ダンナのバイク置き場になっている物置(素直にガレージとは呼べない感じのところです)から勝手口にダイレクトに入れる通路が出来たり、その勝手口からダイレクトにいつでも実家に帰れたり(笑)、もともと猫のヒタイだった庭が、足の踏み場もないほど「農園」になってしまったり、これらは全部おじいさんの仕業です。人使いは多少荒い年寄りですが、その働きぶりはもう筆舌に尽くしがたいカンジです。

その農園では、エンドウ豆とカブとホウレンソウが旬を迎えています。
私の生活はリアル牧場物語になりました。
単に可愛いからという理由で私が育てていたイチゴとブルーベリーとラズベリーは、気付いたら隅っこに植え替えられ、斑入りの珍しいギボウシはどっかに消滅し、消滅したと思っていた山椒がまた芽を出したと思ったら「そんなもん抜いっちめえ!」と一括されたり、可愛がっていたハーブ(ミントにセージにラムズイヤーにカモミールたち)は、腹の足しにもならない草と呼ばれました。シクシク。

そんな感じで色々ありますが、大の豆好きの私は、おじいさんの育ててくれるエンドウ豆で生活しています。いやほんと、茹でたエンドウ豆でお腹一杯になるってどんだけ豆が好きなんですか自分。
毎日会社から帰ると、ザル一杯にエンドウ豆をもぎって待っていてくれるおじいさんです。
「まったく自分で取りもしねえ! ブツブツ!」
いやお言葉ですが、毎日ザル一杯のエンドウ豆をこうして頂けるのに、自分でわざわざもぎりに行く若いもんはあんまりいないと思います。
なんだかんだで感謝しています。休みの日には夫婦で草取りしたり収穫したり水遣りをしたりと、本気で牧場物語な私たちです。犬もいます。牛はいません。

エンドウ豆はキヌサヤで食べるのも美味しいですが、私が何より好きなのは、自分でサヤを破ってしまうほど丸々と育った豆。豆ご飯に炊いて食べるのが大好き。だけど子どもたちには不評。青臭いのが苦手らしいです。

サヤから転がりだしたふくふくの豆を見ているだけで、豆ご飯の美味しさを思い出して顔がにんまりしてしまいます。そろそろ豆の木が終わりになる頃合なのがさみしい杞憂です。
夏はプチトマトときゅうりかなー。おじいさんがんばって! がんばって!


いつもコメントありがとうございます

ちび太の保育園では「ゴールデンウイークの思い出」というお題で子ども達が絵を描いたそうです。

うちのちび太の描いたのは、結婚式のごちそうだったそうで。
「ちび太ねー、オムライスがとっても上手に描けたのー」
と、ニコニコして報告してくれました。
「ケチャップも上手に描けたのー」
ごめんよ普段いいもの食わせてなくて……


さて、いつもコメントを下さるみなさま、ありがとうございます。
当ブログは、仕事しながら子育てに奮闘する主婦が、自分のいささか一般的でない趣味についてや狭いながらも楽しい我が家についてちょっと舌っ足らずな口調でぽんわかと語りまくるところです。
管理人の私(杞憂)はとても人見知りをする性質なため、知らない方からの書き込みと思われるコメントは、びびって削除してしまうこともありますのでお許しください。
アドレスなどを貼っていただいても、知らない人のところへは飛びませんのでご了承ください。

たとえ他の人が見捨てるような時にも

そういえば、その結婚式で牧師様が言ってた宣誓の言葉が面白かった。

「病気の時にも」←新郎新婦は繰り返すです。
「健康な時にも」←上に同じです。
「たとえ他の人が見捨てるような時にも」
「夫として<妻として>守ることを誓いますか?」

思わず、隣に並んでいたダンナをまじまじと見つめてしまいました。
たとえ他の人がこのダンナを見捨てるような時にも、私はこのダンナを守れるだろうか。
たとえ世界中の人が私を見捨てたとしても、このダンナは私を守ってくれるだろうか。

キリスト教の結婚式、とてもハードルが高いです。
ちなみに我々は綿ボーシで三々九度でした。
信仰という意味では、私たちの住む国の神様の前で結婚するんだという考えは間違ってなかったと思うけど、日本の結婚式はやはり封建制度の匂いが濃く感じられますね。
キリスト教の結婚式にも何度か出席したことがあるけど、「たとえ他の人が見捨てるような時にも~」ってのは今回初めて聞きました。私自身もミッションスクール出身なはずなのに、聞き覚えがなかったなー。
とても気に入ってしまいました。「たとえ他の人が見捨てるような時にも」
時々思い出して、夫婦のあり方を見つめなおす機会を持とうと思います。

多分この言葉を知らなかったら、他人が見捨てるような人を私が見捨ててダメなんて理屈はナイ! って思ってた。だから人から見捨てられないような生き方を心がけていこうね、お互い、ってのが私の理屈でいいんだと思ってた。だけど違うんだー、夫婦になったからには、そうじゃないんだなーって。
映画「ライアンの娘」のラストシーンをすごく思い出しました。

弟が結婚しました

弟が妖精のようなお嫁さんをもらいました。
くそううらやましいぜ。私もあんな可愛いコと暮らしたい~!

弟は私立高校の教師をしておりまして、お相手も同じ学校の同僚さんです。
これまでの一歩一歩の前向きな努力の積み重ねが良縁に結びついたということ。幸せになってね。
楽しい結婚式でした~。
生徒さんたちからのDVDレターがあったり、先生方のスピーチがいかにも先生っぽいユーモアに溢れたものだったり、私立高校楽しすぎる! 職場の雰囲気っがやっぱり独特だなあって思いました。

DVDレターに登場した女子高生可愛すぎる!
「杞憂(弟)先生のお嫁さんになれませんでした。ウエーン!」
「杞憂(弟)先生のハートを射止めることが出来ませんでした。ウエーン!」
もうみんなまとめてうちの子のヨメに……ってくらい、生徒さんたちもいいコたちばかり。
ええい弟の幸せ者め。今日の日の喜びを忘れず、一生幸せでいろ。おめでとう!

私なんかがリーダーでいいんですか?

髪の毛を切ってきました。さっぱりー。
ちょっとさすがに目が回るので、仮眠してきます。

私がふたり……イヤ、三人欲しい。
きっと私が三人いたら、誰がリーダーになるかでまず揉めて、みんな主導権を握りたいけどみんな面倒くさがりだから適当なところで全員引き下がるに違いないです。そしてリーダー不在のまま三人の私がてんでに好き勝手な行動を取るか、私A「私知~らない♪」私B「誰かやってくれるでしょ?」私C「私が一番大変なんだも~ん」ってなりそう。いやなる。

人を束ねるって大変です。
どんなに優秀なスタッフが集まっていても、束ねる人がいてくれないと、意味がない。
一人一人に能力があっても、「発揮しろ」と指示しなければ意味がない。
Aが「私はコレをこれだけやったんだから、Bもアレをこれだけやってくれるはず」と思っていても、BはAが何をどれだけやっているのか分からない状態なら「はず」は禁物。「○○だと思った~」は禁物なのです。

組織のリーダーを引き受けてしまいました。それも2ヵ所で。
ひとつは騙まし討ちにあったようなもんだけどね。「杞憂さん今年は会長を引き受けてくださるそうで^^」「エッ!? 言ってません。副会長ならOKって言ったはずですよね」「ええ~またまたぁ~。会長お願いしますって言ってたじゃないですかぁ~」聞いてません。「でも他の皆さん、杞憂さんが会長なら役員引き受けますって集まってくださった方ばかりですから~」これはいったい何商法ですか
で、結局押し問答も面倒くさいので引き受けてしまいました。
適任者はもっと他にいるはずでしょうに。職場では課長さんとか現場では親方さんとか。まあそんな人は多忙すぎて、保育所の父母の会なんてやってくださらないんでしょうが。せいぜいクラス委員長くらいしか経験のない私ですが、お役に立てるなら、まあいいかと思いました。

人を束ねる力がない人は、結局役割分担を指示することが出来なくて、自分が割を食えばいいんだとちょっとイジケ半分で仕事を丸抱えにしてしまいます。去年副会長だった私がそうでした。「楽でよかったわ~」と思った人もいたでしょうが、中には「自分信頼されてないんだ……」と気分を害した方もいると思います。同じことを繰り返してしまったらリーダー失格。
ぐるぐる考えすぎて少し疲れを感じたので、髪型を変えてリフレッシュ。
今年一年、責任に押しつぶされないように、ぽわぽわ~んとした気持ちを忘れず頑張りたいと思います。

たくわんで泣きそう

晩ごはんの時すごく眠くて、思わず目を瞑ったら本気で2秒くらい寝てしまいました。
食欲は満たされており、家族の暖かい談笑に包まれており、本気で至福の2秒間でした。

あーなんかちょっと時間ができたからブログでも書こうかと思って来たけど、ダンナがうるさいから何も書けない。もー話しかけないでほしい。私のだいだい大嫌いなたくわん一本で買ってきて「切れ」とか言わないでほしい。「切ったんだから責任持って食え」とか言わないでほしいもー。

何で私は自分の書いた小説の人物みたいなものの考え方が出来ないんだくそー。
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